「eとらんす」2005年1月号連動企画

「翻訳の世界」で辿る機械翻訳の変遷

現在ではあたりまえのように使われている翻訳ソフトも、30年前にはまだ研究段階の実験システムでした。「翻訳の世界」では創刊以来、機械翻訳に注目し数多くの特集を組んで来ました。ここでは「翻訳の世界」の記事を振り返り、機械翻訳がどのように実用化への道を歩んできたかを見てまいりましょう。


資料1. 「翻訳の世界」の機械翻訳関連記事一覧
資料2. 現在のシステムとの実力比較テスト(全文)


■機械翻訳の研究

 1950年代から始まった機械翻訳の研究は、一旦下火になりますが、その後、再度挑戦の機運が感じられるようになります。このあたりの状況は、創刊間もない「翻訳の世界」1997年2月号の特集「機械翻訳はどこまで可能か」にまとめられています。

「コンピュータによる翻訳」

・機械翻訳の歩み

 翻訳する機械を夢想した人は遠い昔にも数多くあったに違いない。それが実現するかもしれないという期待に変わったのはコンピュータが出現して間もない一九五〇年頃であった。暗号解読の作業が翻訳によく似ていることや、コンピュータの記憶装置に辞書を与えておけば翻訳が可能ではないか、などが論じられた。実際一九五〇年代は自然言語の自動処理に関して数多くの試みがなされた。自動翻訳、自動文献抄録、自動索引、自動コンテント・アナリシスなどである。しかし機械の年々の進歩にもかかわらず言語の機械処理はうまくはいかなかった。一九五七年頃に出たチョムスキーの句構造文法の理論は言語学の分野に新しい風を吹き込んだが、機械翻訳にはとくに新しい展開が起こらなかった。逆に機械翻訳は取り扱う対象を広げるにつれて泥沼に落ち込んだようで、一九六〇年代の後半から徐々に情報処理研究の前線から後退し、計数言語学(Computational Linguistics)の名の下に言語およびそれに関係する基礎的な研究に埋没してしまった。そして人工知能の研究、とくにロボットやパターン認識の問題と関係した知識の表現方法の研究や、構造を持ったデータの活用法の研究に移っていったのである。このようにして数年が経過したが、最近の計数言語学国際会議ではふたたび以前にぶち当たった壁に再度挑戦しようという動きが感じられるという。

[引用:1977年2月号P18〜P19(杉田繁治、栗田靖之)]

■国内で初の商用システムが発売

 1984年にブラビス・インターナショナル社が日英翻訳システムを発売し、新聞で大々的に報道され話題になりました。「翻訳の世界」では1984年9月号で話題の翻訳システムを特集しています。

自動翻訳機に対する反応の盲点

 自動翻訳機が実用化された、と聞いた際に、典型的な二様の反応が示されるようである。

 @そうなると翻訳家の仕事がなくなってしまう。困ったことだ。

という楽観論。え? 「悲観論」のまちがいじゃないかって? なるほど人間の側から言えば悲観的かもしれないが、機械の側から(その機械を開発した人間も含めて)言うならそれほどまでに人間の側から恐れられるなら、大成功、つまり、楽観論というわけ。

 いまひとつの反応は、悲観論で、

 Aどうせ機械には科学論文ぐらいしか翻訳できないだろうよ。なんといっても微妙なニュアンスを含んだ文学的表現、言外の意味にこそ重点がある味わい深い表現などは翻訳できるはずがない

というお決まりのパターン。

 今回ブラビス・インターナショナル社が和英の自動翻訳システムを開発、発売にふみきったというニュースに対しても、この@Aのいずれか、あるいは両方の見解がジャーナリズムで展開された。だが、本当のところは、自動翻訳というのは、こういった楽観論、悲観論でセンセーショナルに扱うべきことではなく、もっと地味で着実な言語文化の問題であることを、開発者自身は当然知っているし、翻訳の専門家も気づいているのである。

[引用:1984年9月号P40(倉谷直臣)]

 この記事では、実際にブラビスのシステムで出力した訳文を評価していますが、結局、機械にかかりやすくするために原文を編集するプリエディットが必要だと締めくくっています。

■機械翻訳ブーム

 1990年前後は、機械翻訳の実用化に対する期待が大きく膨らんだ時期で、1991年から1992年にかけて機械翻訳関連のイベントが多数開かれています。バベルでは1991年2月に機械翻訳オペレーションのプロを養成するMTスペシャリスト講座を開講しています。「翻訳の世界」でも、1991年から1993年の間に、機械翻訳の特集を4回も組んでいます。

 1991年1月号の特集「機械翻訳のいま」の中では、すでに機械翻訳システムのテストを行っています。

「(誌上テスト)全6社・機械翻訳システムの実力」

・テストの目的

 「MTは使いものになりそうだ」という認識が、MTの導入を検討しつつある潜在ユーザーの間において、広まりつつある。

 しかし、実際どの程度の翻訳ができるのか。ユーザーの間で正確な見通しをもっているところはほとんどないのではないか。購入はしたけれど使ってはいないというユーザーもかなりの割合を占めるというが、使いこなしの技術を含め、現状の機械翻訳システムの実力をまず正しく知る必要がある。

 [引用:1991年1月号P27]

 さて、この年の8月号の特集「機械翻訳の力」では、日→英翻訳システムをテストしていますが、ここでは機械翻訳の実力はそのソフトを使うユーザーの力量に依存しているという意見が述べられています。

「(誌上テスト)日→英 機械翻訳システムの実力」

・リーダビリティ、リライタビリティ

MTの実力はユーザーの力に依存する

 現段階の機械翻訳は個人で使うものではなく、プロのプリエディタ、ポストエディタをつかってひとつのシステムの中で初めて実用化されているのだ。本特集は、あくまで機械翻訳のソフトの裸の実力を測ったもので、現実の機械翻訳の実力はそのソフトを使うユーザーの力量に依存している。顧客あるいはユーザーはこれを認識しなくてはいけない。

[引用:1991年8月号P52(平野信輔)]

 1992年3月号の特集「機械翻訳を使いこなす」では、すでに話題の焦点が翻訳品質から操作性に移っています。

 一連の機械翻訳特集も1993年1月号の「機械翻訳システムの実用度徹底チェック」で一段落します。この号では、使いやすさが焦点になっています。

「全6社 英日機械翻訳システム誌上テスト」

・テストの目的

 『翻訳の世界』では、過去二回、MTに関する誌上テストを実施し・・・機械翻訳システムを利用した翻訳を行う場合、後編集作業の工程を前提として、そこに至る工程がどれだけスムーズに進むかが、機械翻訳システムの利用価値を決定づける上で、大きな要因になるということが明らかになったわけである。今回のテストでは主にこの観点から商用各システムの使いやすさを検証した。

[引用:1993年1月号P23]

 この時期には、機械翻訳の出力文をそのまま利用することは殆ど不可能だという見極めができていたようです。この後、機械翻訳は冬の時代を迎えます。

■冬の時代からの復活、そして実用的なツールへ

 「翻訳の世界」では、1993年1月号から1999年2月号までの6年間は機械翻訳関連の特集がありませんが、実は大きな動きがあった時期です。パソコンやインターネットの普及により機械翻訳が再び脚光を浴びるようになり、1994年には一万円を切る翻訳ソフトが発売され話題となりました。

 実はもう一つの流れとして、マニュアルなどの翻訳支援ツールとして、翻訳エンジンを持たない翻訳メモリ(対訳データベース)を中心機能とする翻訳支援ソフトが浸透していました。

 1999年2月号の特集「電脳翻訳ツールはこう使え!」の中の「翻訳支援ツールが翻訳を変える」では、1998年2月に日本支社が設立されたトラドス・ジャパンを取材しています。

・・・現在、翻訳作業において文字はすべてデジタル情報としてやり取りされる。このデータのデジタル化が翻訳データベースの構築を容易にした、という面が一つにはある。また、90年代初頭から開発が進められてきた翻訳ソフトの限界が認識されはじめたこともある。訳語の確定や構文解析といった複雑なプロセスを踏む機械翻訳システムに完全に依存するより、過去の翻訳データの蓄積を活用するシステムのほうが、より効率的であるということが認識されてきた。とくに技術関連文書のように、表現にバリエーションが少なく用語なども比較的限定されているマニュアルなどは、過去の翻訳データが活用できる可能性が強い。こうした過去の情報資産がある場合、翻訳プロジェクトのコスト、スピード、品質管理に、翻訳支援ツールは力を発揮する。現に、販売開始から半年で、このシステムを導入する企業は70社に上った。

[引用:1999年2月号P14]

 その一方で、翻訳ソフトにも大きな進展がありました。1998年12月に、本格的な対訳データベース機能を搭載したPC-Transer V6が発売され、業務用の翻訳ツールとして再評価されたのです。

 2000年1月号の特集「翻訳のためのPC活用術!」の中の「翻訳ソフトの活用法 作業の流れとトレーニング方法」では、対訳データベース機能が紹介されています。

 従来は、直接手を入れた訳文を翻訳ソフトで再翻訳させると修正前の訳文に戻ってしまい、後編集の労力を軽減できませんでした。つまり、後で同じ文章が出てきたときにも同じ修正を何度も繰り返さなければならなかったのです。

 そのような翻訳ソフトの最大の欠点を補うために、最近では対訳データベース機能を持ったソフトが相次いで出てきています。完全に一致した文の検索はもちろんのこと、文型登録機能を使うと、登録した文の中の変動要素だけ翻訳エンジンで変換して埋め込んでくれます。翻訳ソフトならではの機能で、実務で大変役に立ちます。

[引用:2000年1月号P28(小室誠一)]

 2000年7月号で「翻訳の世界」は「eとらんす」と誌名を変更し、新たな時代に突入しました。「eとらんす」では、翻訳ソフト関連の連載や新製品の試用レポートを殆ど毎号掲載しています。特に2003年11月と12月の2号連続特集「翻訳の生産性を高める」ではeトランス・テクノロジーとしての翻訳支援ツールを総合的に取り上げました。

Copyright© 2004 Babel K.K. All Rights Reserved.  「eとらんす」2005年1月号より転載