参加者の声 「星の王子さま/サン=テグジュぺリ」 松村隆太郎さん

新訳『星の王子さま』の翻訳ワークショップ(Trans Publishing Workshop) に
参加した 松村隆太郎さんをご紹介します。

hoshino

toamazon

編集:
はじめにプロフィールと最近の活動についてお聞かせください。

松村:
長いあいだ建築関係の仕事に携わっています。業務でフランス語、英語と接することは少なからずありましたが、出版に繋がるような形で翻訳に取り組んだことはありません。従って、プロフィールについては今回、『星の王子さま』の翻訳者紹介欄に記載されている内容をもって代えさせてください:
京都大学建築学科卒業後、40年近い商社勤務を経て現在マンション開発にたずさわっている。建築士、インテリアプランナー。商社時代、20歳代後半に不動産開発事業でベルギーに駐在し業務の必要に迫られ、生まれて初めてフランス語を学ぶ。好きなもの:ルネッサンス絵画、ゴシック建築、ルーヴル、蝶、ワイン、パスタ。夢:フランスの人気マンガ「アステリクスの冒険」の全巻翻訳。京都出身。

編集:
ご紹介いただきありがとうございます。建築がご専門とのことですが、商社にお勤めの際にフランス語を学ばれた背景や、翻訳を学び、翻訳家を目指そうと思ったきっかけを、それぞれ教えてくださいますか?

松村:
ベルギーに駐在し、ヨーロッパ文化とフランス語に触れたことが出発点です。初めてのフランス語は若かったことと、いい先生(ベルギーの歌手ジャック・ブレルの息女:フランス・ブレルさん)に恵まれたこともあり比較的吸収は速かったように思います。ただそれは建築、不動産、インテリアといった分野の言葉や業務に偏ったまま、仕事をこなしているだけであることは自覚していました。

そこで、もう少し文化や歴史にも目を向けようといろいろと試みたのですが、その一環として語学の勉強も兼ねて読みだした「アステリクスの冒険」の面白さに引きずり込まれ、いつの日かこの面白さを伝えられないかと思ったのが翻訳に興味を抱いたきっかけです。

編集:
なるほど。ベルギーでの出会いが、後に松村さんが翻訳に興味をお持ちになるきっかけになったと言っても過言ではありませんね。商社、しかも海外駐在となれば、ご多忙であったとお察しします。その中で、スキルアップのために日々努力を重ねていらしたことは素晴らしいですね!

そのようにして語学に磨きをかけてこられた松村さんが『星の王子さま』を出版されたのは、どんな理由や思いがあったのでしょうか。

松村:
もともと『星の王子さま』が好きだったから翻訳してみようということではありません。学生の頃、日本語で読んで、なんとなくもの悲しく、不思議な話だという印象があるのみでした。昨年、たまたま所属しているALFI(仏検1級合格者の会)という団体から『星の王子さま』の翻訳プロジェクトがあることを紹介されました。興味を抱き、主催するバベルの翻訳オーディションを受け、合格して、共訳という形で作業を進めました。

翻訳を終えた今、大好きな本のひとつになったことは言うまでもありません。

編集:
そうだったのですか~。でも、弊社のプロジェクトを紹介され、興味をお持ちになってオーディションを受け、翻訳者として選ばれた、という一連のプロセスも、きっと何かのご縁ですね! そして全ての作業が終了し、あとは出版を待つばかりとなった今、松村さんがこの本を好きになったということは喜ばしい限りです~。

では、『星の王子さま』の内容を紹介していただき、翻訳された感想、楽しかったこと、苦労したことをお聞かせください。

松村:
まず内容からお話しましょう。作者サン=テグジュペリは1900年リヨン生まれのフランス人で飛行士であるとともに、作家としても活躍し、『星の王子さま』は第二次世界大戦中、亡命先のアメリカで執筆され1943年に出版された作品です。

冒頭の献辞の中で「大人もみな、はじめは子供でした (でも、それを覚えている大人はほとんどいません)」、とあるようにこの物語では王子さまという子供の目を通して、人間が生きてゆくうえでの悩み、疑問、あるいは現実の大人の世界の滑稽さなどが次々と描き出されています。

住んでいた小さな星で世話をしていたバラの花とのささいな喧嘩から、思い立って旅に出た王子さまは巡った6つの星でそれぞれ奇妙な大人たちと出会います。7番目に降り立った地球ではサハラ砂漠のど真ん中に不時着して途方にくれながら機体を修理している飛行士に出会いそれまでの話を聞いてもらいますが、王子さまのいろいろな疑問に答えてくれるまでには至りません。

悩みを抱えたままの王子さまは、次に砂漠でキツネに出会い、「絆を作り出すということが大切」、「本質的なことは目に見えない」、「きみはきみのバラに責任がある」と教えられ、ついにふるさとに帰る決心をしました。そして砂漠の黄金の毒ヘビにかまれ、跡も残さずに小さな星に戻っていったのです。

尚、本作品が初出版された翌年1944年に、作者が操縦する偵察機は地中海上空で行方不明となりました。

続きを読む(Webマガジン「The Professional Translator」より)