バベル翻訳英文法ルールブック 構文篇 Lesson 7

ルールブック LESSON 7

目次


Unit 23

仮定法(1)― 主語に仮定がふくまれている場合

例題☆ 23

A man of common sense would have acted differently.
「常識のある人なら、そんな行動はとらなかっただろう」

 仮定法については、翻訳上それほど大きな問題はない。たいていは、普通の英文法の知識を十分生かしさえすれば、自然にそれなりの訳が得られるはずである。ここでは、多少とも注意を必要とするケースを、3つの場合に分けて検討してみる。まずこの Unit 23 では、主語そのものに仮定(if ...)がふくまれている例を研究してみることにしよう。

●主語に仮定がふくまれている場合とは

 冒頭に挙げた、例題で説明してみよう。
 動詞を見ると、“would have acted”と、仮定法過去完了形(過去の事実に反する想定を表す)になっている。けれども、仮定を表す部分(if ...)は、表面的にはどこにも示されていない。実は、if 以下は主語、“A man of common sense”自体の中に隠れている。つまりこの名詞句は、実は―
    If he had been a man of common sense, he would have acted ...
と書き換えることができるはずだ。
 翻訳のためには、まずこの点をしっかり読み取ることが先決である。


公式 23

動詞が仮定法の形を取っているのに、if ... に相当する副詞節が見当たらない時は―
(1) まず、主語に仮定がふくまれていないかどうかを検討し、
(2) 確かにこの型に属することがわかれば、
(3) 主語をif ... の形に読みほどいてから訳に取りかかる。
主語に仮定がふくまれている場合は、無生物主語や関係代名詞のからんでいるケースも多い。


Sample 1

The use of a Japanese dictionary would have helped you find a more suitable expression.
「国語辞典を使っていれば、もっと適切な表現が見つかったはずです

  “The use of an Japanese dictionary”をif ...で書き換えれば、If you had used an Japanese dictionary, you would have ...
 ちなみにこの文章、典型的な無生物主語の構文(Unit7)だ。Unit7 でも、主語を副詞節に読み換えるという方法を取った。今、仮定法でやっているのと、実は同じ操作をしていたのである。

Sample 2

A person who was good at calculating would have finished it in a few minutes.
「計算の得意な人だったら、数分で終わっただろうに

 これは関係代名詞がからんでいるケ−ス。Unit 11 「関係代名詞(1)―接続詞を補う」を参照。


Unit 24

仮定法(2)― 副詞句に仮定がふくまれている場合

例題☆ 24

With a little more care, he could have avoided the danger.
「もう少し注意していたら、危険を回避できたはずだ」

 仮定法を訳す上で、多少の注意を必要とする場合として、今度は主語ではなく、副詞、あるいは副詞句に仮定のふくまれているケースを練習してみよう。but for...= without...などが、「もし〜がなければ」(If it were not for...)の意味の慣用的表現であることは、普通の英文解釈でも「公式」になっているが、同様の例はほかにもいろいろとある。

●副詞(句)に仮定がふくまれているとは

 冒頭の例文なら、“With a little more care”は、ifを使えば次のように書き換えられる。
つまり―
    If he had had a little more care, he could have ...
 あるいは―
    If he had been a little more careful, he could have ...
 逆にwithout (but for)の場合なら、例えば―
    Without words (→If we had had no words, / If it had not been for words ), the accumulated knowledge of sciences could not have been passed on.
    「もし言葉というものがなかったら、さまざまな学問の蓄積してきた知識を、次の時代に伝えることはできなかったはずである


公式 24

動詞が仮定法の形を取っているのに、if ...に相当する副詞節が見当たらない時は―
(1) ほかの副詞(句)に仮定がふくまれていないか検討し、
(2) 確かにふくまれていることがわかれば、
(3) 副詞(句)を if ...の形に読みほどいてから訳に取りかかる。


Sample 1

But for appropriate software, a computer would be a mere box.
「利用できるソフトがなければ、コンピューターはただの箱だ

 まず、“But for appropriate software”を“If it were not for appropriate software” と読みほどいてから訳す。

Sample 2

I think the picture would look better on the other wall.
「その絵はもう一方の壁に掛けたほうが、より引き立つと思います」

 “on the other wall” を“if you put it on the other wall” と読みほどく。


Unit 25

仮定法(3)― 発想を転換する

例題☆ 25

I wish I could have spent more time in London.
「ロンドンではゆっくりできなくて残念だったわ」

 そもそも日本語には、厳密な意味での仮定法という表現の方法はない。実は英語でも、ドイツ語やフランス語にくらべれば仮定法(subjunctive mood――正しくは、むしろ叙想法と訳すべきだが)は退化してしまっているが、それでも一応、直説法(indicative mood――事実を事実として述べる)とは別の活用語尾の体系がある。ところが日本語では、結局のところ、ただ推量を表す方法しかない。そのため、仮定法の訳には無理を生ずることが多い。時には思い切って発想を転換、ないし逆転する必要が出てくる。

●発想を転換するとは

 例えば例題を、そのままの形で訳したとすれば―
    「ロンドンでもっと時間があったらよかったと思う」
となるだろうが、これではもうひとつピンと来ないのではあるまいか。そこで、直説法の形に発想を転換して、カコミのように訳してみたのである。
 同様の例をもうひとつ挙げ、(a) 直訳と、(b) 転換した訳をくらべてみよう。

I wish I could have been of more use to you.
直訳:「もっとあなたにお役に立てるとよかったと思います」
試訳:「あまりお役に立てなくて、残念です」


公式 25

仮定法の英文を、そのままの形で訳したのでは、もうひとつ意味が的確に伝えられない場合―
(1) 思い切って発想を転換し、
(2) 直説法で表現する方法を試みる。
こうした場合、“otherwise”という副詞がからんでいるケースにもよく出くわす。


Sample 1

Our team would not have won without your quick play.
直訳:「君の機敏なプレ−がなかったら、うちのチ−ムは勝てなかっただろう」
試訳:「うちのチ−ムが勝てたのも、君の機敏なプレ−があったからこそだ」

Sample 2

What would have happened if I hadn't smelled gas?
直訳:「もしガス漏れに気付かなかったら、何が起こっていただろう」
試訳:「ガス漏れに気付いたからいいようなものの、もし気付かなかったらどうなっていたのだろう」



Unit 26

話法(1)― 直接話法を生かす

例題☆ 26

He said that I looked really nice in that dress.
「そのドレスは君によく似合うよ、と彼が言った」

「話法」(Narration)もまた、英語と日本語の根本的な特質の違いが、いちばん鮮明に表れるポイントのひとつだ。端的に要約すれば、英語は間接話法が得意だが、日本語では、厳密な意味では間接話法は不可能で、多少とも直接話法的な手法を持ちこまないと、情報を的確に伝えることができない。そこで翻訳上は、直接話法的な表現をどう効果的に生かすかがポイントとなる。

●直接話法を生かすとは

 例えば例題を、そのまま間接話法で訳したとすれば、こんな訳文になるだろう。
    (1)「彼は、そのドレスが私によく似合うと言った」
 今度は逆に、これを完全な直接話法で――つまり、彼がその時、言ったとおりの言葉を再現する形で訳すとすれば――
    (2)「彼は言った、〈このドレスは君によく似合うよ〉」
 念のために、英語で直接話法に直せばこうなる――
    He said, “You look really nice in this dress.”
 この(1)と(2)の中間の表現をねらえば、結局、例題のような訳文が出てくるというわけである。ただしこれは、あくまでも直接話法を「生かす」のであって、直接話法そのものに換えるのではないことに注意。


公式 26

英語では間接話法で書いてあっても、これを日本語に訳すためには、直接話法を効果的に生かした表現を工夫する。そのためには――
(1) 同じ内容を、直接話法で表現すればどうなるかを復元し、
(2) 次に、この表現を加味して、間接話法との中間的な形を見つけ出す。
(3) どの程度まで直接話法に近づけるか、間接話法とのバランスをどう取るかは、コンテクストによって判断する。

Sample 1

She told me that if I washed her car, she'd give me ten dollars.
彼女が言った、「車を洗ってくれたら10ドルあげるわ」。
She said to me,“Wash my car, and I'll give you ten dollars.”

Sample 2

She said her son came home late and asked him what he had been doing.
「帰りが遅かったね、何をしていたの」、と息子に言った。
She said to her son,“You've come home late. What have you been doing?”



Unit 27

話法(2)― 直説話法を掘り起こす

例題☆ 27

Some people still don't understand the need for recycling.
「なぜリサイクルが必要なのか、いまだにわかっていない人がいる」

 この前の Unit では、伝達文の訳に直接話法を生かす方法を研究した。だが直接話法的発想を活用するという手法は、話法とは関係のない場合にも、実は意外な応用のできるケースがある。しかも、大いに効果を上げることができるのだ。これは、いわば翻訳英文法の奥の手に属する高等技術で、一見なんの変哲もない普通の名詞・名詞句に疑問詞(what, how, why, etc.)を導入し、直接話法的な発想を持ちこむという方法である。

●直接話法を掘り起こすとは

 例題で説明しよう。この英文をそのまま訳せば――
    「リサイクルの必要(性)を理解しない人がいまだにいる」
となるだろう。これはこれで、日本語として特に奇妙でも、舌足らずでもない。一応、これで通用はするかもしれない。
 だが、“the need for recycling”という名詞句を、ただ単に名詞句として訳すのではなく、疑問詞を導入して、“why recycling is needed”といった形に読み換え、その上で訳せば、例題のような訳文が得られる。つまり、理解する(あるいは理解しない)当人が、その時頭の中でつぶやいた言葉を、そのまま再現するような形に換えるわけだが、このような表現のほうが、単に「必要を理解する」というより、もっと説得力のある生き生きした表現になる、と言えるのではあるまいか。


公式 27

一見、話法とはなんの関係もない名詞(句)にも、直接話法的表現を掘り起こせる場合がある。つまり――
(1) 名詞(句)に疑問詞を導入し、
(2) 疑問文の形の名詞節に展開して、
(3) その時、本人が自問した言葉を再現した表現に近づけた形で訳す。

Sample 1

That experience taught her the value of life.
「その経験から彼女は命がいかに尊いかを学んだ」

 この場合 “the value of life”は「命の尊さ」でもおかしくはないが、読みほどいて、“how valuable life is”と訳す方法が有効である。

Sample 2

A person who knew him well could understand his behavior.
「彼のことをよく知っている人なら、なぜ彼があんな行動をとったのかわかったはずだ」

 これも同様に、“his behavior”を“why he had behaved like that”と読みほどく。