翻訳文法−表現編 第1回 表現ルール

[1] 読解から訳出へ
 1. 日本語の特性を知る
すべては、日本語の特性を把握するところから始まる
 訳文の日本語の「読みやすさ」とは、日本語本来の特性を可能な限り損なわないことと同義である。翻訳は、異質な外国語の構造を母語=日本語の内に取り込むところから始まる。母語とは異質な構造は、当然の事ながら、母語本来の構造を揺さぶり、様々な軋みを生じさせる。原文というものが存在する限り、明治時代の豪傑訳か超訳でもない限り、その軋みをゼロにすることはできないが、それをやむを得ざる範囲に抑えていくことこそが、「読みやすさ」を確保する道なのである。
 それでは、日本語本来の構造とはいかなるものか。訳文を構成する上で特に問題となりそうな点に絞ってまとめれば、ざっと以下のごとくとなる。
@ 主語、主格が文の不可欠な構成要素ではない。
A S+V+O構造を有する欧文に対して、S+O+Vを基本とする(主語と動詞が文の最初と最後に離れて位置する)。
B 代名詞全般の大幅な省略が可能。
C 欧文に見られるような緻密な時制の体系は存在しない。
D 性、年齢、地位、階級によって語法が大きく変化する。
E 漢字、カタカナ、平仮名の併用により、視覚に訴えるところが大きい。
F 「場(面)」に対する依存度が高く、その分、省略的な表現に向かいやすい。
G 文法的にも論理的にも柔軟な構造を有し、パラグラフ概念が希薄である。
 不要な主語や代名詞を切り、主語と動詞の間に挟み込む句や節が長くなりすぎないように配慮し、過去時制をすべて「……た」と訳すような単調な処理を避け、性、年齢、地位、階級を反映した語法を使いこなし、漢字、カタカナ、平仮名の混ざり具合に気を配り、状況・文脈を考慮して、不要な部分を省略していけば、それだけ「読みやすい」訳文に仕立て上げることが出来る、というわけである。