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「第2回 法律翻訳者になるための出身学部」

石田佳治
(バベル翻訳大学院(USA) ディーン


石田佳治   <質問>
  法律翻訳者になりたいと思っていますが、法学部を出ていなければ
  なれないのでしょうか。



お答えします。

1.法学部や法科大学院の授業

 大学法学部の授業は、4年間の大学生活の中の一般教養(通常1年半から2年です。)の科目を除くと、専門課程で法律を学ぶ期間は2年から2年半です。4単位科目として15科目から20科目というところです。 法律科目の中でも政治学や国家論や法哲学などように法律の実務に直接関係しない科目がありますので、法部の中で契約書や規定の作成等に直接関係する実体法や手続法の科目は更に少なくなります。法学部卒業生といえども法律を何でも知って出てくるわけではありません。法科大学院でも同じです。

 法学部や法科大学院の授業は、法律的に思考し法律的な論理を組み立てそれを主張する力を養うことが本旨です。そのために、たくさんの法律科目を学び訓練をしなければなりませんが、上述の通り専門課程の期間は2年から2年半しかありません。要するに忙しいのです。

 ということは英語や法律英語を学習する時間は法学部や法科大学院の学生は極めて少ないということです。翻訳をやるには英語の学習に大量の時間を必要とします。法律家としてやって行くには、そのような時間を費やすことができないのです。

2.法律職と法律翻訳者の違い

 法律家の仕事はどのようなものでしょうか。弁護士を考えてみて下さい。それは法律的な面からの事実の調査と法律的な論理構成と法律的にそれを主張することです。訴訟における準備、訴訟書面の作成、そして法廷における主張・陳述を想定して頂ければおわかりでしょう。これは契約書の作成や社内規則の作成においても同様です。法令や条例、規則の制定においても同様です。事実関係の法的な把握と法的な論理構成及び主張が法律家の仕事です。

 法律翻訳者の仕事はそのような仕事とは違います。ソース言語(たとえば英語)で書かれた法律文書を正確に読み取ってこれを理解すること、(このためには法律的な語彙と表現の知識が必要ですが)、その内容を等価の日本語に転換すること、そしてターゲット言語(たとえば日本語)を同じレベルの法律家(日本人法律家)が通常使用する表現で書くことです。

 勿論、ソース言語、たとえば英語で書かれた法律文書を理解し、ターゲット言語、たとえば日本語で法律文書で書くためには、両言語だけでなくその背景基盤である双方の法律体系(つまり英米法と日本法)を知る必要があります。しかし法律翻訳者の仕事の本質は、法律的な文書を読んで理解しこれを等価のターゲット言語で法律的に表現することにあるのです。つまり法律家と法律翻訳者は明らかに違う職種であるわけです。

 「医学翻訳者になるためには医師であらねばならないか」というご質問に対するお答えと同様に、「法律翻訳者になるためには法律職でなければならない」という考え方は誤りです。法律家と法律翻訳者とは違うプロフェッショナルだということです。

3.不断の勉強

 しかし、専門の法律家が書いた(たとえばアメリカ人ロイヤーが書いた)法律文書を異言語の法律職(たとえば日本人弁護士)が読んで違和感がないように書かねばならないのですから、法律翻訳者にはそれらの専門職業人である法律家と同等の知識を理解する言語能力が必要です。つまり両方の法律知識を知っていなければならないわけです。そのために不断の勉強が必要です。

 幸いにも、インターネット時代になってウェブ上に大量の法律情報が載るようになりました。日英共にです。日本の法律もアメリカの法律もその他の国の法律もすべてインターネット上で入手できます。しかも無償で入手できるのです。法律翻訳者は、日本語と英語の双方が読めるのですからそれを読むことを続けていれば自然に日英両文の法律用語や法律文章に熟達して行きます。そして翻訳者として、英文の法律文を英語圏の法律家と同じように理解でき、日本語の法律文を日本人の法律家と同じように書くことができるようになります。逆に日本語で書かれた法律文を英語圏の法律家が通常に書く水準の英語の法律文にすることができるのです。

 英語系の学部を卒業した翻訳志望者が法律翻訳者になることを目指して、あらためて日本の大学法学部へ入学したり米国のロースクールに留学したりすることは、金銭的及び時間的に許されるならば、勿論良いことだとは思いますが、上述したように法律家と法律翻訳者は違う職種ですから、法律職になる訓練と法律翻訳者になる訓練とは違います。法律翻訳者を目指すのでしたら無理に大学法学部や法科大学院に入り直すことはないと思います。

 法律翻訳者になるにはインターネットや参考書籍を利用して独学で勉強することもできますが、より効率的に法律翻訳者になろうとするのでしたら、バベル翻訳大学院のインターナショナル・パラリーガル法律翻訳専攻をお勧めします。ここでは、アメリカのパラリーガル・スクール・レベルのアメリカ法30科目に加えて、日本語法律文章の表現を含めて英日双方の法律文の表現を学び法律翻訳の基礎となるアメリカ法と日本法の基礎を蓄積することができます。その上で200種類を超す法律文書・契約書の翻訳トレーニングを通じて、日英のロイヤーと同じレベルの法律文章を読み、書き、翻訳できるようになるのです。

  (The Professional Translator 9月10日号より)
 

<プロフィール> 石田佳治
バベル翻訳大学院(USA)ディーン。 神戸大学法学部卒業、ワシントン州立大学ロースクール・サマーセッション、ウイスコンシン大学ロースクール・サマープログラム、サンタクララ大学ロースクール・サマープログラム修了。主要分野は国際法務・アメリカ法。 商社法務部長(蝶理)、スイス系外資企業(ロシュ、ジボダン・ルール)法務部長など一貫して法務畑を歩んだ国際法務専門職で内外のロイヤーに知己が多い。 著書に「リーガルドラフテイング完全マニュアル」「欧米ビジネスロー最前線」「シネマdeロー」などがある。