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「第7回 法律用語の訳語」

石田佳治
(バベル翻訳大学院(USA) ディーン


石田佳治   <質問>

法律用語の日英の訳語をどのように勉強して行ったら良いでしょうか。


お答えします。

1.基本的には法律文の対応で記憶する

契約書や法律の条文を読む訓練をするのに、まず日本語の条文を大量に読むこと、そして英文の条文を大量に読むことについては連載第5回、第6回に申し上げた通りです。即ち法律翻訳を勉強するのに、まず最初は日本語の法律文、英語の法律文をたくさん読み書きしてそのスタイルに慣れることが効率的な勉強のしかたです。

その後に法律用語を覚えて行くわけですが、法律用語を覚えるのに単語として覚えるのではなく、文中にその単語があらわれた時点で文脈に合った訳語で覚えて行くことが大切です。

2.法律用語を対訳語として覚えるのではなく内容を理解して覚えること   

日本法の法体系と英米法の法体系は違いますので対訳で覚えることは危険です。一つ一つの法律用語につきその内容を知って理解しなければなりません。日本語の法律用語を覚えるときは日本語の法律用語辞典を、英語の法律用語(Legal Terms)を覚えるときは英語の法律辞典(Law Dictionary)を読まなければなりません。法律翻訳者は次のような法律辞典を備えておく必要があります。

日本語の法律辞典

図解による法律用語辞典  自由国民社

法律用語辞典 小野幸二・高岡信男 法学書院

法律用語辞典 法令用語研究社編 有斐閣

法律学小辞典 金子 宏、新堂幸司、 平井宜雄 有斐閣

新法律学辞典  竹内 昭夫 有斐閣

ベイシック法学用語辞典 有斐閣

新法学辞典  日本評論社

現代法律百科大事典  ぎょうせい

法律類語難語辞典   有斐閣

最新法令難語辞典  三省堂

法令用語の常識   日本評論社

似たもの法律用語のちがい   法曹会

コンサイス法律学用語辞典   三省堂

英語の法律辞典(Law Dictionary)

Black’s Law Dictionary West

Ballentine’s Law Dictionary Lexis Nexis

Barton’s Legal Thesaurus Mobile Systems

Legal Thesaurus / Legal Dictionary McGraw Hill

Merriam ? Webster’s Dictionary of Law Merriam Webster

法律用語を英米法の下での用語と日本法の下での用語を対訳で覚えない方が良いことは、双方のシステムが違うことから来ています。たとえば demurrer(妨訴抗弁)とかdeposition(証言録取書)というような単語を「対訳語」で覚えてみても、妨訴抗弁や証言録取という制度は日本法の下ではありませんからまずdemurrerやdepositionの米英法上の意味を知らねばなりません。

Demurrerは妨訴抗弁とか訴答不充分の抗弁と訳されてそのような訳語が英米法辞典に載っていますが、実はそのような用語は日本語の法律辞典には載っていません。日本法の制度の下では無い言葉です。Demurrerは抗弁の中でも例えば証拠の眞正性を争う抗弁とは違って、主張されている事実が仮にすべて眞実であるとしても法律上相手方の主張は成り立たないというような抗弁でこれは日本法の下ではないLegal Termです。Deposition(証言録取書)は法廷以外の場所たとえば弁護士事務所などで、宣誓させる権限がある者の前で質問に答えてなされ書面化された供述で、これも日本にない制度です。

その他英語に対する日本語はあるものの、日本法の下では無い制度で対訳の漢字の訳語を読んだだけでは分からない法律用語は例えば次のようなものです。これらはその意味するところをまず理解しなければなりません。

estoppel    禁反語

consideration  約因

delegation of performance 履行の委譲

superior court  上位裁判所

justice of the peace  治安判事

これらの法律用語は上述したdemurrer(妨訴抗弁)やdeposition(証言録取書)と同じように、漢字の訳語それ自体を見ても日本の法律制度の中には無い語ですから、英語の法律用語をそれ自体として理解してから翻訳しなければならないのです。

3.英語日本語の法律辞典は説明のあるものを選ぶ   

その上で英語と日本語で表記された法律辞典を使って法律翻訳を行うことになりますが、この英語・日本語の法律辞典には次のようなものがあります。

Basic英米法辞典  田中英夫 東京大学出版会

英米法辞典 田中英夫 東京大学出版会

契約・法律用語英和辞典  菊池 義明   IBCパブリッシング

経済・法律  英和・和英辞典  尾崎 哲夫 ダイヤモンド社

英和・和英  法律・会計・税務用語辞典   アイエスエス編集 WAVE出版

法律英語用語辞典  尾崎 哲夫  自由国民社

上記の中では英米法辞典 田中英夫 東京大学出版会 が一番良いと思います。訳語の対訳ではなく、語の内容の説明がつけられているからです。

4.法令翻訳データベース

日本政府の内閣官房が窓口となって日本法の英文訳をインターネット上で公開しています。これを上手に利用して訳語を探せます。

日本法令外国語訳データベースシステム
http://www.japaneselawtranslation.go.jp/

2012年12月現在で合計346法令の英訳を公開していますが1日20万アクセスがあると言います。

この法令翻訳データベースは既に公開されたものについては常時更新されています。

この法令翻訳データベースでは法令検索により各法令ごとの英訳文を検索できる他、辞書検索と文脈検索ができるようになっています。

辞書検索では、法令中の日本語の訳語を表示できるようになっており、キーワードを入力しますと訳語が表示され、またその訳語を使用している法令名が表示されます。この機能を利用して法律翻訳に際しての訳語を決定することができます。

5.法律翻訳における訳注について

法律翻訳においてはクライアントの理解を促進するために、訳注をつけなければならないことがしばしばあります。訳注には脚注と後注がありますが、脚注は脚注と表示した注をその表示したページの下部に掲げます。後注は本文の末尾に続けて一括して掲げます。